タイトル、サクシャ、シュッパンシャ、を忘れずに・・・
以後の10件 以前の10件 最新の10件表示 |
| #2148 書き込み者名 nono [2005/06/30 20:37] |
|
今朝、強い雨が降り、肌寒いと思ったら
夕方には雨も止み、蒸し暑くなっている。 ころころ天候が変わる今日このごろですが 6月も本日で終了。 7・8月のわだいですが (今回は最初から二ヶ月同じわだいです) 「熱」に決まりました。 情"熱"、"熱"狂、微"熱"・・・などなど おまちしております。 |
| #2147 書き込み者名 フランコ将軍 HomePage [2005/06/26 22:11] |
|
「江戸三○○藩 バカ殿と名君 −うちの殿さまは偉かった?−」 八幡和郎 光文社新書
47都道府県ごとに、各藩の殿様の目立った業績や呆れた醜態などを紹介しています。 そして、世間的に名君といわれた人、例えば保科正之なぞは、「権力を背景にカネをバラまいて人徳と思わせただけ」と切り捨て、贅沢三昧で薩摩藩の財政を破綻寸前に追いやった島津重豪は、「斉彬や久光も、西郷や大久保も、重豪がいなければ決して主役として世に出ることはなかった」と評価しています。 殿様といっても、戦国時代と天下泰平の世では、求められる素質が余りにも違います。 例えば、米将軍吉宗については、「現金による消費経済が定着したのに、米を中心とした経済構造を変えようとしなかった、中途半端な改革」とバッサリ。 一方、以前紹介した「幕臣たちの誤算」でボロクソにこき下ろされた慶喜については、「官軍と戦おうとする家臣たちを見殺しにして一人で逃げ去ったというけど、それは慶喜がなぜ大政奉還したかという思惑を考えず、勝手に戦に走った松平容保や彰義隊が悪いのであって、慶喜がそんな奴らと付き合ってられないと逃げ出したのは当然のこと」 そういう意味でいえば、後世を生きる我々にとっても、とあるどっかの殿様を評価する基準は、時代と共に変わってくるものなのかもしれません。 |
| #2145 書き込み者名 ルーノ [2005/06/20 15:57] |
|
「光ってみえるもの、あれは」 川上弘美 中央公論新社
高校生の江戸翠(えど・みどり)は、頼もしい祖母・匡子さん、ライターの母・愛子さんとの3人暮らし。 ちょくちょく家に出入りする大鳥さん(←実は遺伝上の父)、 翠の彼女・平山水絵、途中から女装し始める親友の花田、書き言葉で話す担任のキタガーくん。 などなど、個性豊かな人々に揉まれ、揺らぎながら、「早く大人になりたい」と希う少年である。 帯に「家族小説」とある。少々「普通」ではない家族を描きつつ、かたちではなく人対人の繋がりとしての「家族」を見せたところがみごと。 後半、翠はある出来事をきっかけに長崎・五島列島へ向かうのだが、まばゆい南の海のイメージとあいまって、何ともすがすがしい小説である。 さて、タイトルの「江戸の日」ですが……、江戸家の人々(と言っても祖母・母・翠の三人)が祝う、”家族の祝日”として文中に出てきます。 それが今日、6月20日なのですが。なぜこの日なのか、とか、どうやって祝うのか、とかは本文を読んでのお楽しみ〜♪ |
| #2144 書き込み者名 フランコ将軍 HomePage [2005/06/18 00:58] |
|
「陸軍良識派の研究」 保坂正康 光人社NF文庫
ガダルカナル島での絶望的戦いの指揮官として、生存者1万5千人の撤退を取り仕切った今村均大将は、オーストラリアで戦犯として裁かれ、パプアニューギニアのマヌス島収容所で10年の禁固刑に服することに。 しかしジャワ島での占領行政を裁かれるためにバタビアまで護送されながら、穏健で非暴力的統治が評価され、判決は無罪。 マヌスでの刑期の残りは巣鴨プリズンにて服することになり、帰国。 ところが今村は「部下と共に服役させて欲しい」と要望、マヌスへ送り返されます。 これを知ったマッカーサーは、「日本にもまだ真の武士道が残っていた」と絶賛したとか。 他にも、海外に残された240万人もの将兵の帰国、さらには復員軍人の社会復帰に尽力した、下村定大将。 陸軍教育総監として、軍令と軍政の区別がつかない皇道派を粛清せんとしたことで、2.26事件で青年将校たちの凶弾に斃れた、渡辺錠太郎大将。 杜撰な計画で多くの犠牲者を出したインパール作戦で、負傷兵を置き去りにせずにいたわり、力尽きた兵たちを手厚く葬った、宮崎繁三郎中将。 ロンドン駐在武官として、駐英大使の吉田茂とともに戦争回避に尽力し、非戦闘員保護のために東条英機に学童疎開を提言した、辰巳栄一中将。 このように、日本を破滅に追い込んだ帝国陸軍にも少なからず存在した、良識ある人物たちにスポットを当てています。 意外だったのは、満州事変の主役として有名な石原莞爾少将や、開戦時に軍務局長として陸軍を牛耳った武藤章中将が、良識派に名を連ねていたことです。 東条の台頭とともに出世し、絞首台まで東条と運命を共にした武藤が、即刻米英と開戦を主張する参謀本部の幹部を「わしは戦争は好かん!」と怒鳴りつけ、ルソン島で孤立無援となった将兵たちをひとりでも多く救い出すために尽力したんだとか。 日中戦争の不拡大を主張する石原に対し、武藤は「閣下が満州でやったのと同じことをしたまでのこと」と一蹴し、ジャワで良心的な統治を行う今村とも対立。 良識があるといっても、戦地の指揮官と軍官僚では全く違うものだし、それこそ一人の人間としての良識とも意味が違います。 こうした異なった面での良識ある人々が、一つの力となって戦争を止めることができなかった。 暴走する組織の前に無力な個人という構造は、今の日本でも全く変わりません。 でもだからこそ、こうしたサムライたちがあの時代にもいたということを、忘れてはいけないということなんでしょう。 |
| #2143 書き込み者名 五香粉 HomePage [2005/06/15 21:36] |
|
『オデュッセイア』上・下 松平千秋訳 岩波文庫
ついに読破しました。 西洋古典版サムライ・スピリットの真髄。 苦しい流浪の日々を送る英雄オデュッセイア、戦に出たきり20年間も消息不明の夫を待ちつつ、乱暴な求婚者たちに苦しめられる妻のぺネロペイア、父を探して旅立つテレマコス。知恵の女神アテネの助力により、数々の受難を乗り越えて、オデュッセイアはついに帰国の望みを叶えます。 30歳になったら漱石とギリシャ古典を読み始めようと思っていて、行き帰りの電車などでゆっくり味わいながら読んでいます。 今は野上弥生子の「ギリシャ・ローマ神話」へ。 ひきつづき古代ギリシャの世界で悠々と想像力の翼を広げて遊んでいます。 |
| #2141 書き込み者名 ルーノ [2005/06/06 13:52] |
|
「古道具 中野商店」川上弘美 新潮社
東京の西の郊外、とある商店街にその店はある。 骨董屋ではなく古道具屋……、「中野商店」。 店主の中野さん、アルバイトのヒトミ、タケオ、中野さんの姉マサヨさんなどを中心に、ゆったりとストーリーが展開していく。 ヒトミとタケオのぎこちない恋。50代の中野さん、マサヨさんもそれぞれの恋を抱え、じたばたし続ける。 本人たちは必死なのだが……、行間からは可笑しみ、それはおそらく生き物が宿命的に持つ、ある可笑しみが滲む。 タケオの「〜す」「〜すか」(「ヒトミさん、だいじょうぶすか」など)といった口調が妙にほほえましく印象深い。 生真面目さと隣り合わせの繊弱さ。うーむ、いかにも21世紀の若者だよ。 作者がどこかで「タケオの口調が決まった時、この物語は書けた」というようなことを言っていたけれど、読んでみるとすごく納得できます。 ちなみに、私が特に気に入ったキャラクターは「マサヨさん」。 読み進めるうち悩めるヒトミに同化して、マサヨさんに相談に乗ってもらっている気分になっていました。 達観しているだけでなく、マサヨさん自身も人生の現役選手として闘ってる感じが良いのです♪ |
|
図書館に予約していたこの本、
やっと私に順番がまわってきました。 今読んでいます。 「ペーパーナイフ」の章まで読み終えました。 |
|
「古道具 中野商店」、読み終えました。
読み終えたあとの、このあたたかさ、なんなのでしょうね。 中野商店と、このお店の人たちが とても好きになっていました。 ゆったりとしたおおらかな時間・・・ 江戸の町民たちがゆるゆると夏の時間をすごしているような そんな時間が、この中にはあるような気がする。 私は中野商店の店主・中野さんがお気に入り。 気が弱いところと飄々としているところに 「こんな人いるな」と親近感をおぼえました。 |
| #2140 書き込み者名 フランコ将軍 HomePage [2005/06/05 12:54] |
|
「幕臣たちの誤算―彼らはなぜ維新を実現できなかったか」 星亮一 青春出版社
江戸幕府はなぜ薩長に勝てずに崩壊してしまったのか? これが本書のテーマですが、実際に読んでみると、要するに自滅じゃないかと思えてくるところばかり。 何よりも、幕府を変えようと立ち上がったはずの幕臣たちが、互いに足の引っ張り合いをする様を読んでいると、どうしようもねえなという感じ。 勝海舟といえば、西郷隆盛との江戸城無血開城で、江戸の町を戦火から救った英雄とされています。 でも咸臨丸で寝食を共にした福沢諭吉とは犬猿の仲になり、小栗忠順を事実上見殺しにした経緯を読むと、かなりイメージダウンです。 そして彼らの上に立つ徳川慶喜については、その優柔不断ぶりをボロクソに書いてあります。 なにやら今の日本と合い通じることばかりで、歴史は何度でも繰り返すのかと思えてきます。 ただ、明治天皇が後に慶喜を皇居に呼んで会談した際、慶喜が喜んでくれたのを天皇が心から安堵した、という記述で締められていたのが、せめてもの救いでした。 |
| #2139 書き込み者名 nono [2005/06/03 06:54] |
|
さてさて
遅れてしまったのですが 今月(=6月)のわだいは 先月にひきつづき「Samurai Spirit」に決まりました。 さいきんはのんびりペース。 |
| #2138 書き込み者名 瑠雨乃 [2005/05/23 15:23] |
|
「おくのほそ道」 松尾芭蕉 角川ビギナーズ・クラシック文庫
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」 という書き出しはあまりにも有名ですね。 時に芭蕉46歳。全行程600里、約5ヶ月間にわたる陸奥の長旅――ですが、実はそこから生まれた「おくのほそ道」自体はそんなに「長く」はない。 原文すべてと口語訳を載せた本書は200ページほど、手ごろなサイズなのです。 読み進めるうち「おくのほそ道」(原文はこの表記)という表題自体が一つの美学なのだと思い至る。 人々が行き交う街道でも、ましてや賑わう都大路でもなく。陸奥の、細く険しい道を行こうと決めた芭蕉という男の後ろ姿が見えてくる。 ↑「旅」というお題の時に読んだ本でしたが、結果的にサムライスピリットだったかも!? |
| #2137 書き込み者名 フランコ将軍 HomePage [2005/05/19 01:26] |
|
「源氏と日本国王」 岡野友彦 講談社現代新書
征夷大将軍といえば、全国の武士の頂点に立ち、朝廷に代わって政治の全権を掌握する・・・・ という、誰もが学校で習った常識が、実はとんでもないウソ八百だった。 前書きでいきなり強烈なパンチが飛んできます。 織田信長は官位を受けたときは平信長だったし、豊臣秀吉はどこの馬の骨かもわからぬ足軽の出で、ともに源氏の血をひいていないから征夷大将軍になれなかった。 でも徳川家康は、源氏の血を引く系図をでっちあげて認められたから、征夷大将軍になれた。 これまたデタラメで噴飯ものもいいところだそうです。 じゃあ源氏って何なのよという話になってくるわけですが、ミナモトノナニガシは、天皇の血を引きながら、臣籍降下して皇室を離れた者の子孫といっても、話はかなり複雑です。 久我、中院、土御門などの名家の祖となった村上源氏は、それこそ光源氏のような貴族だったけど、実在の有名な源氏、つまり義家、頼朝、範頼、義経、義仲、さらに足利将軍家を生んだ清和源氏は、なぜ東国へ都落ちして武門に転じたのか? 皇室から臣籍降下といえば平氏もそうだけど、源と平の姓はどういう基準で使い分けられたのか? などなど、源氏をめぐる様々なナゾが解き明かされています。 また、なぜ天皇家に源や平や藤原や橘といった氏姓がないのか? 源や平などの氏姓と現代の苗字とは、何がどう違うのか? さらには家とは何かといったことまで踏み込んで考察されています。 これらを読み合わせて考えると、なぜミナモトは源氏なのに平は平家と呼ばれたのかも、おぼろげながら想像ができる気がしてきます。 子供の頃、平家物語に出てくる頼朝や義経が、源氏物語には出てこないなんておかしいと、思っていた人は少なくないでしょうけど、むろんこの私もその一人でした。(爆) でも、平家物語に出てくる源氏の武将たちが何者かを真に理解するには、光源氏が何者かを先に理解しなきゃいけないのかもね。 |
以後の10件 以前の10件 最新の10件表示 |